「残業代」という言葉は世間的に周知されていますが、実際にどのような場合に残業代が請求できるのか、具体的にいくら請求できるのかは、あまり知られていないと思います。
本稿では、残業代請求の条件、金額、計算方法、注意点などの基礎知識を解説いたします。
目次
1. 残業代とは?
以下の労働があった場合、会社は労働者に割増賃金を支払わなければならず、一般的に、以下の労働を総じて「残業代」と呼ぶことが多いです。
時間外労働
労働基準法は(以下「労基法」といいます)、労働時間を、1日8時間以内、かつ、1週間に40時間以内とすることを定めています(労基法第32条)。
これを「法定労働時間」といいます。
法定労働時間を超えて労働をさせた場合には、割増賃金を支払う必要があります(労基法第37条)。
休日労働
労基法は、労働者に毎週少なくとも1日の休日を与えなければならないと定めています(労基法第35条)。
これを「法定休日」といいます。
法定休日に労働をさせた場合には、割増賃金を支払う必要があります(労基法第37条)。
深夜労働
深夜(午後10時から午前5時までの間)に労働をさせた場合には、割増賃金を支払わなければならないと定められています(労基法第37条)。
法内残業
例えば、会社と労働者との間の雇用契約で1日の労働時間を7時間と定めた場合に(これを「所定労働時間」といいます)、1日8時間の労働をしたとします。
この場合、前述した労基法の定める労働時間(1日8時間)は超えていませんので、時間外労働を理由に割増賃金を支払う必要はありませんが、所定労働時間を超えて労働をしているので、会社は1時間分の給与を追加で支払わなければなりません。
このような所定労働時間を超えているが、法定労働時間は超えていない場合の労働を「法内残業」や「所定時間外労働」といいます。
2. 残業代の金額(割増率)
時間外労働
時間外労働をさせた場合、通常の賃金の2割5分以上の割増賃金を支払わなければなりません。
1か月60時間を超えて時間外労働をさせた場合には、5割以上(1.5倍以上)の割増賃金を支払わなければならないとされています。
休日労働
休日労働の割増率は、3割5分以上と定められています。
深夜労働
深夜労働の割増率は、2割5分以上と定められています。
時間外労働・休日労働と深夜労働が重複した場合
例えば、深夜(午後10時から午前5時まで)に時間外労働を行った場合、割増率は、5割以上になります。
これは、時間外割増と深夜割増を足した数字であり(時間外割増2割5分+深夜割増2分5分)、時間外割増と深夜割増を乗じたものではないことに注意が必要です。
休日労働と深夜労働が重なった場合も同様の考え方で、休日割増3割5分+深夜割増2割5分の合計6割が割増率になります。
なお、休日労働には時間外労働という概念が存在しないので(そもそも休日労働は時間外労働であることを前提に定められた制度であるため)、休日労働の1日の労働時間が8時間を超えたとしても、休日割増に時間外割増が加算されることはありません。
法内残業
法内残業の場合、深夜労働でない限り、割増賃金は発生しないので、通常の賃金が支払われることになります。
時間外労働 | 1.25倍 |
---|---|
休日労働 | 1.35倍 |
深夜労働 | 1.25倍 |
時間外労働(月60時間以上) | 1.5倍 |
時間外労働+深夜労働 | 1.5倍 |
休日労働+深夜労働 | 1.6倍 |
時間外労働(月60時間以上)+深夜労働 | 1.75倍 |
法内残業 | 1倍 |
3. 計算方法
計算式
残業代は、1時間当たりの賃金×残業時間×割増率で計算されます。
1時間当たりの賃金は、雇用契約書や労働条件通知書等の記載されている1か月当たりの賃金を所定労働時間で割ることで算出できます。
また、残業代の基礎となる賃金からは、家族手当、通勤手当、別居手当、子女教育手当、住宅手当、臨時に支払われた賃金、1か月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与等)は、原則として除外されます(労基法第37条5項、同法施行規則第21条)。
上記除外される手当は、限定列挙とされているので、その他の手当(役職手当、資格手当等)は、残業代の基礎賃金に含まれることになります。
また、上記手当が除外されるのは、労働者の個別の事情により支給されるもので、労働の対価として支給されるものではないことが理由となるので、例えば、家族構成に関係なく一律で家族手当が支給されている場合や通勤距離や通勤にかかる費用に関係なく通勤手当が支給されているよう場合には、残業代の基礎賃金として除外されないと判断されることもあります。
なお、経験上、雇用契約書や就業規則において、「労働時間は10分単位又は30分単位(切り捨て)で計算する」と定めている会社を多く見かけますが、原則として、労働時間は1分単位で計算すべきとされているため、上記のような定めは無効となる可能性が高く、残業代も1分単位で請求できることになります。
具体例
以下のケースで残業代を計算してみましょう。
- 賃金月額40万円
- 1か月の所定労働時間160時間
- 時間外労働10時間(うち深夜労働5時間)、休日労働1時間
賃金月額40万円÷所定労働時間160時間=2500円(1時間当たりの賃金)
2500円×時間外労働5時間×割増率1.25倍=1万5625円
2500円×時間外労働・深夜労働5時間×割増率1.5倍=1万8750円
2500円×休日労働1時間×割増率1.35倍=3375円
1万5625円+1万8750円+3375円=3万7750円(残業代)
4. 遅延損害金と付加金
遅延損害金
残業代が未払の場合、遅延損害金が発生します。
具体的には、在職中は年3%、退職後は退職した日の翌日から年14.6%の遅延損害金が生じます。
付加金
労働者は、未払残業代請求の訴訟(裁判)を提起する場合、併せて付加金の請求をすることができます。
「付加金」とは、残業代等の未払があった場合に、労働者の請求により、裁判所が裁量により会社に対し未払金額と同一額の付加金の支払を命じることができる制度で(労基法第114条)、残業代の未払などの違法行為を行った会社に対し制裁を与える趣旨で定められていると解されています。
付加金の請求が認められるのは、訴訟の場合に限られるので、裁判外の交渉や労働審判の場合に付加金が認められることはありません。
5. 注意点
時効
残業代請求権は、残業代が発生したときから3年を経過すると時効により消滅します(労基法第115条)。
2020年4月1日に施行された民法改正により、従来は2年と定められていた短期消滅時効の規定が廃止され5年に延長されましたが、当分の間は3年とされています。
残業代請求を放置してしまうと、時効により消滅するおそれがあるので、注意が必要です。
固定残業代
契約又は就業規則において、固定残業代(みなし残業代)を定めている会社は少なくありません。
「固定残業代」とは、予め残業時間を想定して、毎月の賃金に加え一定額の残業代を支払う方法のことです。
例えば、1か月の賃金月額35万円(うち5万円は固定残業代)と定められている場合には、仮に残業が生じても、残業代が5万円を超えるまでは既に残業代が支払われていることになるので、残業代を請求することができません。
ただし、雇用契約書や就業規則に固定残業代制度が明記されていなかったり、通常の賃金と固定残業代に当たる部分が判別できないなどの場合は、固定残業代が無効と判断される可能性があります。
管理監督者
「管理監督者」とは、監督若しくは管理の地位にあり、経営者と一体的な立場にある労働者のことをいい、管理監督者は、残業代を請求することができないとされています(労基法第41条2号)。
部長や課長などのいわゆる管理職にあるからといって、必ずしも管理監督者に該当するとは限らず、①地位、職務内容、責任と権限からみて、労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にあること、②勤務態様、特に自己の出退勤をはじめとする労働時間について裁量権を有していること、③一般の従業員に比してその地位と権限にふさわしい賃金上の処遇を与えられていることなどの事情を総合的に考慮して該当性が判断されることになります。
経験上、就業規則に「課長以上の者は管理監督者とし残業代が生じない」というような規定を定めている会社が散見されますが、このような就業規則の規定があったとしても、上記①〜③の考慮要素から管理監督者と認められなければ、残業代請求は認められます。
管理監督者該当性の判断には、法的な知識や評価が必要になりますので、会社から管理監督者性を理由に残業代の支払を拒否されている場合には、弁護士に相談することをお勧めします。
6. まとめ
本稿では、残業代請求の基礎知識について解説しましたが、法的な理屈は理解していても実際に請求するとなると、どのような事実や根拠に基づいて計算・請求したら良いかが分からないという方も多いと思います。
当事務所には、労働事件を主に扱う法律事務所で経験を積んだ弁護士が在籍しておりますので、残業代請求を含む労働問題に関し相談をご希望の方は、問い合わせフォームよりご連絡ください。