賃貸物件に居住していたところ、突然、大家さんや管理会社から、賃貸借契約を更新しない旨の通知を受けて、「契約期間満了までに退去しなければならないのでは?」と不安に感じる方もいらっしゃると思います。
しかし、借地借家法第28条では、賃貸人(貸主側)から賃貸借契約の更新を拒絶するためには、「正当事由」が必要であると定められているので、必ず退去しなければならないということではありません。
本稿では、賃貸借契約の更新拒絶が認められる要件である「正当事由」について、弁護士が解説いたします。
目次
1. 正当事由が要件とされている理由
賃貸借契約においては、一般的に賃借人(借主)よりも賃貸人(貸主)の方が力が強い場合が多いです。
そこで、公平の観点から、借地借家法は、賃借人を保護するために様々な条文を定めています。
その中の1つが、賃貸人が契約の更新を拒絶する場合に正当事由が必要であると定める借地借家法第28条です。
賃貸借契約は、賃借人の生活の基盤を成すもので、賃借人としては、賃貸物件で長期間居住又は営業することができるという期待のもと契約を締結しているのであるから、賃貸人から一方的に更新を拒絶できるとすると、上記賃借人の期待に反し、生活の基盤を脅かすおそれがあるため、借地借家法第28条が定められています。
また、賃貸人が一定期間で賃貸借契約を終了させたいと考えている場合には、定期建物賃貸借契約(定期借家契約)という制度(借地借家法第38条)を利用すれば足りるので、通常の賃貸借契約は更新がなされることを前提としているといえます。
なお、借地借家法第28条は、強行規定であるため、特約で排除する(賃貸人と賃借人の合意によりこの規定を適用しないとすること)ことができず、正当事由の要件を具備することは必須ということになります。
2. 正当事由の考慮要素
借地借家法第28条には、正当事由の有無を判断する際の考慮要素が明示されています。
具体的には、①当事者双方が土地又は建物を使用する必要性、②土地又は建物に関する従前の経過、③土地又は建物の利用状況、④建物の現況、⑤賃貸人の財産上の給付が考慮要素として定められています。
以下、それぞれの考慮要素について、詳述します。
①使用の必要性
賃貸人と賃借人が建物を使用する必要性が主たる判断要素と考えられています。
例えば、賃貸人は賃貸物件を使用する必要がない一方で、賃借人は賃貸物件以外に居住できる建物がなく賃借人の家族も複数人居住しているなど賃貸物件を使用する必要性が高い場合には、正当事由が認められない方向に傾くことになります。
具体的には、使用目的、家族構成、経済状況、代替不動産の有無などが考慮されます。
②従前の経過
「従前の経過」とは、これまでの賃貸人と賃借人との間の関係性を考慮するものです。
具体的には、賃貸借契約締結の経緯、契約の内容(特に、更新期間、更新料の有無、更新料の金額、敷金や権利金の預かり状況及び金額等)、賃貸借契約を締結した目的、契約期間、契約違反の有無及び程度などが考慮されます。
③利用状況
賃借人が用途に従った利用をしているか、利用頻度はどれくらいかなどの事情が考慮されます。
④建物の現況
例えば、建物の老朽化が進んでいたり、大規模な修繕が必要である場合には、正当事由を肯定する要素として考慮されることになります。
⑤財産上の給付
「財産上の給付」とは、いわゆる立退料のことです。
上記①〜④の考慮要素から正当事由がないと判断される場合に、①〜④を補完する要素と考えられています。
立退料の相場は、居住用の物件の場合は賃料の3〜6か月分、オフィスなどの事務所の場合は賃料の6か月〜1年分、店舗の場合は賃料の2〜3年分と言われていますが、詳細な金額は、転居費用、転居後の賃料との差額、転居に伴う損害額、正当事由を肯定する要素の程度などを総合的に考慮した上で決まります。
3. 正当事由が認められるケース
賃貸人による建物使用の必要性が高い場合
賃貸人や賃貸人の家族が居住するために契約の更新を拒絶したいという場合など、賃貸人が建物を使用する必要性が高い場合には、正当事由が認められる傾向にあります。
一方で、事業用に使用したいという場合には、建物使用の必要性が低いと判断されることが多いです。
建物が老朽化している場合
建物の老朽化が著しく、解体や大きな修繕が必要な場合には、正当事由が認められることがあります。
単に築年数が経っているというだけでは、正当事由が認められることは少なく、倒壊のおそれがあるなど老朽化が著しい場合でないと、正当事由は認められないことが多いです。
賃料の滞納等がある場合
賃借人が賃料を滞納しているなど、賃貸借契約の内容に違反する行為があった場合には(「債務不履行」といいます)、正当事由が認められることがあります。
裁判例上、賃料を3か月以上連続で滞納したケースでは、賃貸人と賃借人の信頼関係が破綻するに至っているとして、賃貸借契約の解除が認められているので、賃料を3か月以上連続で滞納する程度の債務不履行がある場合には、正当事由が認められる可能性が高いです。
3か月以上の賃料滞納の程度でなくても、契約違反の回数、頻度、内容によっては、正当事由が認められることもあります。
また、契約違反がない場合であっても、賃貸人と賃借人との間でトラブルが生じている場合には、正当事由の判断に影響を及ぼすこともあります。
相当額の立退料を支払う場合
前述した①〜④の考慮要素だけでは、正当事由が認められない場合であっても、賃貸人が相当額の立退料を支払う意向を示している場合には、正当事由が認められることが多いです。
賃貸借契約の更新拒絶を理由とする建物明渡請求訴訟において、賃貸人が「立退料◯万円を支払う代わりに建物を明け渡せ」と求めている場合、立退料の金額が正当であれば、裁判所は、正当事由を認めて引換給付判決(「賃貸人が立退料◯万円を支払うことを条件に賃借人は建物を明け渡せ」という内容の判決)がなされることになります。
裁判実務では、上記のような引換給付判決で解決することは少なく、裁判期日において主に立退料の金額について交渉が行われ、裁判上の和解が成立して解決することが多いです。
4. まとめ
正当事由が認められるか否かを判断するためには法的な知識や経験が必要になりますし、立退料の金額交渉においても知見と交渉力が必要になることが多いので、賃貸借契約の更新でトラブルが生じている方は、一度弁護士に相談されることをお勧めします。
当事務所は、不動産案件に注力しておりますので、賃貸借契約の更新に関し相談をご希望の方は、問い合わせフォームよりご連絡ください。