「結婚をしているのに、結婚をしていないと嘘をついて付き合っていた彼女から、貞操権侵害として慰謝料を請求された」このような状況に陥ってしまった場合には、まずは本当に貞操権侵害が成立して慰謝料を支払う必要があるのかを確認する必要があります。
そこで、本記事では、貞操権侵害を理由に慰謝料を支払う必要がある場合やその相場などについて解説します。
目次
1. 貞操権侵害とは
「貞操権」とは、「自己が誰と性的関係を持つかについては、自己が自由に決めることのできる」という権利です。
人は誰でも、誰と性的関係を持つかについて、自由に決めることができ、性的関係と持つように誰かに強要されたり、だまされて性的関係を持つに至ってしまった場合には、その自由な決定をする権利を侵害されてしまったこととなります。
独身であると偽って交際をしていたという場合には、相手からすれば、既婚者と知っていたのであれば性的関係を持つことはなかったのに、独身者であると偽られていたことにより性的関係を持ってしまった、つまり、だまされて性的関係を持ってしまったといえます。
その性的関係は自由な意思決定によるものではないということができ、慰謝料を支払う必要性が出てきます。
なお、貞操権侵害については、女性から男性への請求のみしかできないということではなく、男性が女性から独身者であると偽られていた場合には、慰謝料を請求することができる可能性があります。
実生活では、「慰謝料」という言葉をよく耳にすることがあるかと思いますが、「慰謝料」とは法律用語ではありません。
「慰謝料」とは、損害賠償の一種であり、加害者が被害者の被った損害を賠償(=補償)するためのものです。
民法では、「故意または過失によって他人の権利を損害した場合には、その損害を賠償しなければならない」と定められています(民法第709条)。
例えば、人の車にいたずらをして傷をつけてしまった場合、その傷を直すための費用が発生します。
これは、いたずらがなければ生じなかった費用であることから、加害者が支払うべき費用であり、被害者は、修理費用相当額を加害者に請求できます。
これが、代表的な損害賠償の例です。
ただし、慰謝料はこの場合の損害賠償とは少し性格が異なり、続く民法第710条を根拠に請求できるものです。
民法第710条では、「他人の身体、自由もしくは名誉を侵害した場合または他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、第709条の規定により損害賠償の責任を負うものは、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない」と定められています。
この「財産以外の損害」が「慰謝料」と言われているものです。
先ほどの例は、あくまで修理費用という財産的損害に対する補償ですが、慰謝料は「精神的苦痛」に対する損害の補償です。
貞操権侵害の例でいえば、独身であると偽られて性的関係を持ってしまったことにより生じた精神的苦痛に対する損害の賠償が慰謝料にあたります。
2. 貞操権侵害により慰謝料が請求できる場合
既婚者であることを隠して交際をしていた場合であっても、すべての場合に慰謝料を支払う必要があるわけではありません。
貞操権侵害が成立するためには、次の要件を満たす必要があります。
①独身であると嘘をついていたこと
相手が独身でないと知っていれば持たなかったであろう性的関係を、独身であると相手に信じ込ませたうえで性的関係を持ったことが必要なため、未婚・独身を装っていたという事実が必要となります。
ただし、明示的に「独身である」というような発言をしておらず、既婚者であることを隠していたのみであっても、この要件を満たすと考えられています。
そのため、例えば、マッチングアプリで「結婚を前提として真剣にお付き合いのできる女性を探しています」などと記載していただけであっても、貞操権侵害が成立する可能性はあるでしょう。
逆に、「既婚者である」とは言っていなかったものの、会うときは毎回結婚指輪をしていて、相手もそれを認識していた場合などは、相手も既婚者であることを認識していたと判断され、この要件を満たさない可能性もあるでしょう。
②肉体関係があったこと
「1」で述べたとおり、貞操権侵害とは、自己の意思により性的関係を持つ相手を決めることのできる権利をいいますから、性的関係がない場合には、その自由な意思決定の権利の侵害もなかったということになります。
そこで、貞操権が侵害されたというためには、相手と性的関係があったことが必要になります。
単にデートをしたのみであったり、キスやハグはしたことがあるものの、性交渉をしたことがなかった場合には、基本的には貞操権侵害は成立しません。
③結婚を前提とした交際であったこと
結婚を全く前提としていなかった場合には、相手が独身であったとしても、既婚者であったとしても、そういった事情にかかわらずに性的関係を持つことを決めたといいうるため、慰謝料請求のためには、結婚を前提とした交際である必要があります。
ただし、正式に婚約をしていることまでは必要はなく、口約束で「結婚しよう」と言っていた場合や、「将来は結婚したいね」などとほのめかしていた場合でも、貞操権侵害が認められる可能性があります。
3. 貞操権侵害の慰謝料の相場
前述のとおり、慰謝料とは、貞操権の侵害により相手が被った精神的苦痛の賠償のための補填として支払われるものですから、「こういった場合はいくら」などの明確な規定があるわけではなく、個別の事情も考慮して、過去の裁判例等を元に金額を決めることとなります。
そのため、慰謝料の相場を一概にいうことはできませんが、経験上は、おおむね50万円から200万円程度の慰謝料が認められることが多いです。
慰謝料の額を左右する事情としては、次のようなものが挙げられます。
・女性側の妊娠の有無
既婚者であると知らずに性的関係を持ち、女性側が妊娠をした場合には、出産をしたとしても、中絶をしたとしても、女性が被る肉体的・精神的苦痛が大きく、女性の将来に与える影響も甚大であるとして、高額な慰謝料が認められる可能性が高いでしょう。
・女性の年齢
特に10代の女性など、判断能力が十分にあるとは言えない女性に対して、独身者であると偽った場合には、悪質性が高いと評価される可能性が高く、慰謝料が高額になることがあります。
・交際期間の長さ
交際期間が長い場合には、そもそも相手が独身であると信じてしまっていた期間(=だまされていた期間)が長いということとなります。
また、相手としても、交際期間が長ければ長いほど、結婚に対する期待も高まるといえますし、交際をしていたために、結婚や出産に適した時期を逃してしまったということにもなりえますので、慰謝料が高額になることがあります。
・肉体関係に至るまでの事情
例えば、相手が肉体関係に対して積極的ではなかったのに、「結婚を前提に交際するのだから」などとして強引に肉体関係を持つに至った場合には、既婚者であることを隠していたことの悪質性がより高いと判断され、慰謝料が高額になることがあります。
また、例えば、相手が既婚者であることを隠すために、周囲の人間にも嘘をつかせていたなど、巧妙に画策をしていた場合なども、悪質性が高いと判断されうるでしょう。
・交際を解消する際の事情
相手に既婚者であることがばれてしまい、相手から追及を受けた際に、一切連絡をとらずに音信不通になるなどした場合には、その不誠実な態度が悪質性の高いものとされ、慰謝料が高額になることがあります。
4. 貞操権侵害を理由に慰謝料を請求された場合の対処法
では、実際に貞操権侵害を理由に慰謝料を請求されてしまった場合にはどのように対応すればよいのでしょうか。
以下で解説します。
・誠実に対応をする
まずは、相手に対し真摯に対応するようにしましょう。
前述のとおり、問題発覚後に誠実に対応しなかったり、連絡を無視してしまったりすることは、慰謝料が増額される理由となってしまいます。
また、連絡を無視してしまうと、相手の感情を余計に逆なでしてしまい、話し合いがまとまらない理由となってしまうことも考えられます。
実際に、慰謝料を請求されているような場合に、連絡を無視してしまった結果相手がさらに怒ってしまい、交渉が難しくなったり、慰謝料を相場より上乗せして支払う必要がでてきてしまった、という例は非常に多いです。
さらに、相手に弁護士がついている場合には、連絡を無視し続けた結果、訴訟を提起されてしまうことも考えられ、任意交渉で解決できた場合と比べて大幅に費用や手間が増加してしまいます。
・貞操権侵害が成立するかを確認する
貞操権侵害が成立して慰謝料を支払う必要があるのは、「2」で述べた要件に該当する場合のみです。
そのため、本当に貞操権侵害が成立する場合なのかを確認する必要があります。
例えば、相手との間であなたが独身ではないと気づいていたことを示すようなやり取りがある場合には、その証拠を保存しておき、それをもとに反論するということが考えられます。
相手に反論をする場合には、当事者のみでやり取りをすると感情的になってしまったり、余計に話がこじれてしまうことも考えられますので、書面などで必要な事項のみを淡々と記載して反論することをお勧めします。
ご自身で対応することが不安な場合には、必要に応じて、弁護士に依頼することを検討しましょう。
・慰謝料の減額交渉をする
もし、貞操権侵害が成立する場合であっても、必ず相手の請求どおりの額を支払わなくてはならない、ということではありません。
前述のとおり、慰謝料の相場は一概にはいえないものの、悪質性の程度によっては、数十万円程度の慰謝料が妥当である場合もあります。
嘘をついていたことについて責任があるとしても、それが法外な慰謝料を支払う必要のある理由にはならないので、不相当に高額な請求に対しては、きちんと減額交渉をすることをお勧めします。
5. まとめ
貞操権侵害により慰謝料を請求されている場合、ご不安を感じ、どうしていいか分からなくなってしまう方も多いでしょう。
しかし、どうしていいか分からないからといって放置してしまうと、事態がより悪化してしまうことになりかねません。
弁護士に依頼をすることにより、本当に貞操権侵害が成立し、慰謝料を支払う必要があるのかや、適正な慰謝料の額がいくらであるかなどを適切に判断してもらうことができます。
当事務所にご相談をいただいた場合には、男女トラブルの経験豊富な弁護士が、経験をもとに親身に対応いたしますので、現在お悩みの方がいらっしゃいましたら、お気軽にご相談ください。