婚約しているにもかかわらず、突然別れを切り出されたり、結婚をやめたいと言われた場合、婚約破棄を理由とする慰謝料請求をすることができる可能性があります。
本稿では、婚約破棄を理由に慰謝料請求をすることができるケースと慰謝料の請求方法を弁護士が解説します。
目次
1. 婚約とは
「婚約」とは、婚姻の約束のことをいいます。
「結婚してください」、「はい」といった口約束でも婚約は成立します。
もっとも、婚約破棄を理由とする慰謝料請求が認められるためには、単に婚約があっただけでは足りません。
具体的には、「法的保護に値する婚約」が成立していることが必要になります。
婚約破棄の慰謝料請求の根拠は、民法の不法行為ですので(民法第709条、同710条)、法的保護に値する婚約でない場合には、民法の保護を受けられず、慰謝料請求も認められないことになります。
法的保護に値する婚約に該当するかは、婚約に関する事情を総合的に考慮して判断されます。
主な判断要素としては、以下のような事情が考えられます。
- 婚約指輪や結婚指輪の交付、購入の有無
- 結納や親族同士の顔合わせ、親族への挨拶の有無
- 結婚式場の予約、下見の有無
- 同棲の有無、婚姻後に同居する予定の自宅の購入や賃借の有無
- 新婚旅行の予約の有無
2. 慰謝料請求が認められるためには
婚約を破棄することに正当な理由がある場合、婚約を破棄しても民法の不法行為に該当しないことから、慰謝料請求が認められるためには、婚約を破棄することに正当な理由がないことが必要です。
正当な理由があると判断される可能性が高いものと低いものの具体例は、以下のとおりです。
正当な理由があると判断される可能性が高いもの
- 浮気(他の異性との性的接触や親密交際)
- 身体的DV(暴力)
- 多額の借金があることを隠していた
- モラルハラスメント(暴言、侮辱が多数ある場合など)
正当な理由がないと判断される可能性が高いもの
- 性格の不一致
- 結婚観が合わない
- 親族との折り合いが悪い
3. 慰謝料の相場
婚約破棄を理由とする慰謝料の相場は、50万〜200万円程度とされています。
慰謝料の金額に影響を与える要素は、以下のとおりです。
婚約の成熟度
前述した法的保護に値する婚約が認められるか否かの判断要素において、法的保護に値する婚約が成立している事情が多いほど、慰謝料が増額される傾向にあります。
例えば、婚約指輪と結婚指輪の購入と交付、結納、結婚式場の予約が完了している場合には、慰謝料額が高額になることが多いです。
一方、結婚指輪は一緒に見に行っただけ、親族への挨拶は一方の両親のみ、結婚式場は下見のみというような場合には、慰謝料が低額に留まる可能性が高いです。
交際期間の長短
交際期間が長いほど、婚約破棄による精神的損害が大きいと考えられ、慰謝料が高額になる傾向にあります。
婚約破棄の理由
婚約破棄の理由が婚約を破棄した側の一方的な理由や不当な理由である場合には、慰謝料が高額になる傾向にあります。
例えば、他に好きな人ができたという理由で婚約を破棄した場合は、慰謝料の増額事由に該当します。
妊娠・出産
婚約者との子を妊娠している場合や既に出産している場合は、慰謝料が高額になることが多いです。
なお、婚約者との子を出産した場合、慰謝料請求に加え、認知や養育費を請求することができます。
認知及び養育費請求については、こちらのコラムで解説しておりますので、婚約者との子を妊娠又は出産しているという方はご参照ください。
4. 慰謝料請求の方法
裁判外での請求
慰謝料請求の方法としては、後述するように、訴訟提起(裁判上の請求)という方法も考えられますが、裁判は、手続が煩雑で長期化する可能性が高いなどのデメリットがあるので、まずは裁判外の方法で慰謝料を請求するのが良いでしょう。
裁判外での請求方法に決まりはありませんが、慰謝料を請求する内容の書面を内容証明郵便で送付する方法が一般的です。
内容証明郵便が採用される理由としては、記録に残すことで交渉が決裂して裁判になった場合に裁判外での請求内容を証拠で提出できること、内容証明郵便という方法は、通常は利用されない方法かつ弁護士がよく利用する方法のため相手方にプレッシャーを与えることができること、消滅時効の成立を防ぐ効果があること(不法行為の消滅時効は損害及び加害者を知った時から3年(民法第724条)です)などが挙げられます。
相手方の住所地が分からず、書面を郵送できない場合には、メール、ショートメッセージ、LINE等の履歴が残る形で請求するようにしましょう。
裁判上の請求(訴訟提起)
裁判外の交渉が決裂した場合や裁判外での請求を拒否された場合、訴訟提起(裁判上の請求)をすることを検討しましょう。
訴訟提起に当たっては、相手方の住所(又は勤務先)を特定することが必要です。
相手方の住所が不明である場合でも、相手方の携帯電話番号、自動車のナンバーが分かれば、弁護士に依頼し、弁護士会照会(弁護士法第23条)をすることにより、相手方の住所を特定できる可能性があります。
また、相手方の本籍地や過去の住所(実家等)が分かる場合には、職務上請求(戸籍法第10条の2、住民基本台帳法第12条の3等)により、市区町村の役場から住民票を取得することで現住所の特定が可能です。
訴訟を提起するためには、訴状や証拠を作成したり、印紙や郵券(郵便切手)を納める必要があります。
特に訴状の作成には法的知識が必要になりますし、訴訟提起後は、裁判所とのやりとり、裁判所への出頭、書面や証拠の追加提出の必要がありますので、弁護士に依頼することを検討した方が良いでしょう。
5. 慰謝料請求をする際の注意点
経験上、婚約破棄を理由とする慰謝料請求に関するご相談をお受けしていると、相手方の両親に慰謝料を支払うよう求めているケースが少なくありません。
しかし、婚約破棄の慰謝料請求の当事者は、婚約を破棄した相手方本人ですので、相手方の親族は当事者になり得ません。
当事者でない相手方の親族に慰謝料を請求してしまうと、法的根拠に基づかない請求となってしまい、場合によっては、恐喝や脅迫、名誉毀損等に該当するおそれがあるので、相手方の親族への請求は控えましょう。
また、相手方が慰謝料請求に応じない場合に、相手方の自宅や職場に押しかける、執拗に連絡を繰り返すというケースも散見されますが、このような行為も恐喝、脅迫、名誉毀損、ストーカー行為等の規制等に関する法律違反、各都道府県の定める迷惑防止条例違反に該当するおそれがありますので、注意が必要です。
6. 慰謝料以外の損害賠償請求
ここまで、婚約破棄を理由とする慰謝料請求について解説をしてきましたが、婚約破棄の場合、慰謝料請求以外の損害賠償請求が認められることがあります。
慰謝料請求以外の損害賠償請求が認められる主なケースは以下のとおりです。
婚約指輪・結婚指輪
既に婚約指輪や結婚指輪を購入している場合、指輪の購入代金相当額の損害賠償請求ができる可能性があります。
損害賠償請求の金額については、解釈が分かれており、①購入金額が損害額であるという考え方、②購入した金額から指輪を売却した場合の金額の差額分が損害額であるという考え方、③指輪を交付している場合に指輪を購入者に返却すれば足りるという考え方があります。
婚約指輪や結婚指輪の場合、イニシャルや婚約日又は婚姻予定日が刻印されていることが多いため、②の考え方を採用しても、①に近い結論となることが多いです。
解釈が分かれているので、まずは①又は②の考え方を前提に請求するのが良いでしょう。
相手方が③の主張をしてきた場合には、慰謝料額と調整するという方法も考えられます。
結婚式
結婚式場の予約をしており、手付金を支払っていたり、キャンセル料や違約金が生じるという場合には、手付金やキャンセル料(違約金)相当額の損害賠償請求ができる可能性があります。
婚姻を前提に購入又は賃貸した住居に関する費用
結婚のために自宅を購入したり、賃貸をした場合、購入や賃貸のために要した費用の全部又は一部の損害賠償請求できる可能性があります。
ただし、婚約破棄後も、購入した自宅であれば売却も可能であり、購入又は賃貸した物件にそのまま居住することも可能なので、自宅の購入や賃貸により生じた費用全額を損害賠償として請求することができるケースはほとんどありません。
また、自宅を購入又は賃貸した経緯や物件の内容によっては、損害賠償請求が一切認められないこともあります。
婚約を理由に仕事を辞めた場合
婚約を機に、いわゆる寿退社の形で仕事を辞めた場合、退職による給与相当額の損害賠償請求が認められることもあります。
もっとも、婚約を機に退職するか否かは、自己の判断によるという側面もあるため、退職に伴う損害賠償請求が認められるケースは稀です。
7. まとめ
これまで述べてきたとおり、婚約破棄を理由とする慰謝料請求をする場合、法的保護に値する婚約が成立しているか、婚約の破棄に正当な理由があるか、慰謝料額はいくらが妥当か、慰謝料以外の損害賠償請求が可能かなど、法的な知見が必要になります。
ご自身で請求を行った場合、見通しを誤って法外な請求をしてしまい紛争が長期化したり、相手方と交渉を行う中で精神的負担を負うというリスクがあるので、婚約破棄を理由とする慰謝料請求を検討されている方は、まずは弁護士に相談されることをお勧めします。
当事務所は、婚約破棄に関する案件を多く対応しており、婚約破棄を理由とする慰謝料請求訴訟において、220万円の判決を得た実績もございます。
婚約破棄で慰謝料請求をお考えの方は、問い合わせフォームよりご連絡ください。