被相続人(亡くなった方)の遺言書がある場合、原則は遺言書の内容どおりに相続や遺贈が行われることになります。
しかし、遺言書の内容次第では、遺言が効力を有さない場合があります。
本稿では、遺言が無効となるケースと遺言の無効を確認するための手続を弁護士が解説します。
目次
1. 遺言書とは
「遺言」とは、被相続人が自己の財産を誰にどのように譲渡するかの意思表示のことをいい、遺言の内容を書面に記載したものが「遺言書」です。
遺言書には、自筆証書遺言(民法第968条)、公正証書遺言(民法第969条)、秘密証書遺言(民法第970条)の3種類があります。
遺言書の詳細については、こちらのコラムで解説しておりますので、ご参照ください。
公正証書遺言の場合、証人2人の立会いのもと、公証人が作成し、原本は公証役場で保管されるため、遺言が無効と判断されるケースはほとんどありません。
また、秘密証書遺言は、実務上ほとんど利用されていません。
したがって、遺言の有効性が問題となるのは、自筆証書遺言の場合がほとんどということになります。
2. 遺言が無効になるケース
①遺言書の要式に不備がある
自筆証書遺言は、以下の要式を満たしている必要があります(民法第968条1項)。
遺言書の要式に不備がある場合、遺言は無効となります。
・自書
遺言書はすべて自書(手書き)であることが必要です。
ただし、平成30年の民法改正により、財産目録については、自書でなくても良いことになりました(民法第968条2項)。
・日付の記載
具体的に日付(年月日)を明記する必要があります(無効になる例:「10月1日」、「2024年10月吉日」)。
・署名・押印
氏名は、戸籍のとおりフルネームで正確に書く必要があります。
押印は、実印である必要はなく、認印やシャチハタでも有効です。
・相続財産目録
相続財産目録を添付する場合、財産目録は自書である必要はありませんが、財産目録のすべての頁に自筆での署名・押印が必要になります。
②遺言書の内容が不明確
前述のとおり、遺言とは、自己の財産を誰にどのように譲渡するかの意思表示ですので、遺言書の内容が不明確で、誰にどの財産を譲渡するかが確定できない場合、遺言は無効となります。
ただし、内容が不明確であるからといって必ず無効になるわけではなく、諸般の事情から遺言者の意思を解釈できる場合には、解釈に基づき有効な遺言であると判断されることもあります。
例えば、「◯◯銀行の預貯金は子どもたちに相続させる」という内容の遺言書が存在する場合、子らにいくらずつ相続させるかが不明確であるため無効とも思えますが、生前に「◯◯銀行の預貯金は子どもたちに平等に分けてあげたい」と話していたような場合には、子らに均等割で相続させるという意思であると解釈し、遺言が有効と判断される可能性があります。
③遺言者の意思に基づかずに作成された遺言書
錯誤、詐欺、強迫により作成された遺言は、取り消すことができるので(民法第95条、同96条)、無効となります。
もっとも、生前の錯誤、詐欺、強迫を立証するのは困難なことが多く、明確な証拠がない限り、遺言の有効性を争うことは難しいでしょう。
例えば、生前自分に財産を全て相続させたいと言っていたのに、他の相続人にも遺産を相続させるという内容であったことを理由に、「生前の意思と違うはずだから遺言は無効だ」という主張は、立証のハードルは相当高いといえるでしょう。
また、遺言書が偽造されたものである場合、前述した「自書」の要式を欠くので、当然無効となります。
なお、遺言書の偽造は、相続欠格事由に該当するので、遺言書を偽造した者は相続権を失います(民法第891条5号)。
④遺言能力がない状態で作成された遺言書
認知症等で遺言能力がない状態で遺言書が作成された場合、遺言は無効となります。
認知症であったからといって必ずしも遺言能力がないと判断されるわけではなく、遺言能力の有無は、遺言の内容、遺言者の年齢、病状を含む心身の状況及び健康状態とその推移、発病時と遺言時との時間的関係、遺言時と死亡時との時間的間隔、遺言時とその前後の言動及び精神状態、日頃の遺言についての意向、遺言者と受遺者との関係、前の遺言の有無、前の遺言を変更する動機・事情の有無などを総合的に考慮して判断すべきであると解釈されています。
⑤公序良俗に違反する内容である場合
公序良俗に反する内容の遺言は無効となります(民法第90条)。
「公序良俗に反する」とは、公の秩序や善良の風俗に反することをいいます。
公序良俗違反の例としては、売春行為、愛人契約、暴利行為(高利貸し)などが挙げられます。
遺言の場合に問題となることが多いのは、不貞(不倫)関係の維持・継続を目的とした遺言であるかです。
不貞関係の維持・継続を目的とした遺言、すなわち、不貞関係を維持・継続する目的のために不貞相手に財産を遺贈する遺言書が作成された場合、公序良俗に反し、遺言は無効と判断される可能性が高いです。
⑥共同遺言
「遺言は、二人以上の者が同一の証書ですることができない」とされています(民法第975条、「共同遺言」といいます)。
したがって、2人以上の者が同一の遺言書に遺言の内容を記載している場合、遺言は無効となります。
3. 遺言無効の確認を請求する手続
協議
他の相続人や受遺者との間で、遺言が無効であることの合意ができれば、遺言の内容と異なる遺産分割を行えば足ります。
遺言の有効性に疑義がある場合、まずは他の相続人や受遺者と協議を行うことから始めると良いでしょう。
調停
他の相続人や受遺者との協議がまとまらなかった場合、裁判所に遺言無効確認の調停を申し立てることを検討しましょう。
調停とは、裁判所を通じて話合いを行う手続で、調停委員会(裁判官又は調停間と調停委員2名で構成)が話合いを仲介してくれます。
ただし、調停は、あくまで話合いの場ですので、調停委員会が有効又は無効の決定を行うことはありません(調停委員会から調停案が提示されたり、「調停に代わる審判」という調停委員会が相当と考える判断を示すことはあります)。
調停の申立ては、遺言の無効を確認したい相手方の住所地を管轄する家庭裁判所に行います。
調停の申立費用は、収入印紙1200円と郵券(郵便切手)です。
郵券の内訳と金額は裁判所により異なるので、事前に管轄の裁判所に確認しましょう。
なお、遺言無効確認請求事件は、原則として訴訟(裁判)を提起する前に調停を申し立てなければならないという「調停前置主義」が取られているので(家事事件手続法第257条1項)、裁判外での協議がまとまらなかった場合、いきなり訴訟を提起するのではなく、調停の申立てを行うようにしましょう。
訴訟
調停でも話合いがまとまらずに調停が不成立となった場合、遺言無効確認請求訴訟の提起を検討しましょう。
調停と異なり、訴訟においては、最終的に裁判所が遺言の有効性について判断を行う(判決がなされる)ことになります。
訴訟を提起する裁判所は、家庭裁判所ではなく地方裁判所になるので、注意が必要です。
また、遺言無効の確認したい相手方(被告)の住所地だけでなく、相続開始時の被相続人の住所地(被相続人の最後の住所地)を管轄する地方裁判所も管轄に含まれます。
訴訟では、調停よりも詳細な書面や証拠の提出(主張・立証)が求められます。
主張・立証に失敗してしまうと、敗訴するリスクがあるので、遺言無効確認請求訴訟を提起する場合は、専門的な知識と経験を有する弁護士に依頼することを検討した方が良いでしょう。
4. 時効
遺言無効確認請求に時効はなく、仮に遺言が無効と判断された後は遺産分割を請求することになる可能性がありますが、遺産分割にも時効はありません。
一方で、遺言が有効と判断された場合には、遺留分侵害額(減殺)請求ができる可能性がありますが、遺留分侵害額請求には、相続が開始したこと及び遺留分の侵害を知った時から1年の消滅時効が定められています(民法第1048条)。
遺言の有効性を争う場合、前述した調停や訴訟に発展する可能性があり、これらの手続に1年以上の時間を要することもあります。
特に訴訟まで至っている場合には、1年を超えている可能性が極めて高いです。
調停や訴訟で遺言書が有効であるという結論に至った場合に、遺留分侵害額請求を行っていないと、遺留分侵害額請求権が時効により消滅している可能性があります。
したがって、仮に遺言書が有効であった場合に遺留分侵害額請求ができる可能性がある場合には、遺言無効の確認を請求する前に内容証明郵便等の記録が残る形で遺留分侵害額請求をしておくと良いでしょう。
なお、遺留分侵害額請求の詳細については、こちらのコラムで解説していますので、ご確認ください。
5. 検認前に遺言書を開封してしまったら無効になる?
自筆証書遺言の保管者は、相続の開始を知った後、遅滞なく、遺言書を家庭裁判所に提出して、検認の請求をしなければならず(民法第1004条1項)、封印のある遺言書の場合、家庭裁判所において、相続人又はその代理人の立会いがなければ、開封することはできないとされています(民法第1004条3項)。
これに違反して遺言書を開封してしまったとしても、遺言書の開封のみをもって遺言が無効になることはありません。
もっとも、検認の手続以外で遺言書を開封してしまうと、遺言書の偽造を疑われて無用な紛争を招くおそれがあり、また、5万円以下の過料に処される可能性がありますので(民法第1005条)、遺言書を勝手に開封してしまうことは控えましょう。
6. まとめ
明らかな遺言書の要式の不備がある場合を除き、遺言の有効性の判断には、専門的な知見が必要です。
また、遺言の有効性について協議がまとまらなかった場合には、調停や訴訟等の裁判手続が必要となります。
裁判手続は、申立書等の必要書類や収入印紙・郵券の準備、裁判所とのやりとり、裁判所への出頭など、非常に負担のかかる手続になります。
したがって、遺言の無効を主張したいという場合には、弁護士への相談・依頼をお勧めします。
当事務所は、遺言無効確認請求訴訟で勝訴判決を獲得するなど、相続案件に関して多くの実績を有しておりますので、相続でお悩み・お困りの方は、問い合わせフォームよりご連絡ください。