「真剣に交際していた相手が、実は既婚者だった」マッチングアプリを利用した出会いが増えている現在では、当初は相手についてアプリ上の情報しか得られないことから、既婚者であったとしても気づくことができないということも多く、このようなご相談が増えてきています。
もし既婚者であると知っていれば付き合うことはなかった、自分の貴重な時間を無駄にしてしまって許せないなどと思っている方は、泣き寝入りする必要はありません。
以下では、既婚者ではないと偽っていた相手に慰謝料を請求できる場合などについて、解説します。
目次
1. 貞操権侵害とは
既婚者ではないと偽られていた場合に慰謝料を請求できる根拠は、「貞操権」を侵害されたことにあります。
貞操権とは、「自己が誰と性的関係を持つかについては、自己が自由に決めることのできる」という権利です。
当然のことではありますが、誰と性的関係を持つかについては、誰かに強要されたりすべきものではなく、自分で自由に決めることができます。
そこで、もし既婚者と知っていたのであれば性的関係を持つことはなかったのに、独身者であると偽られていたことにより性的関係を持つに至ってしまったという場合には、だまされて意思決定をしてしまったのであり、その性的関係は、自由な意思決定によるものではないという理由で、慰謝料を請求できる可能性があるのです。
慰謝料とは、損害賠償の一種です。
民法では、「故意または過失によって他人の権利を損害した場合には、その損害を賠償しなければならない」と定められています(民法第709条)。
また、続く第710条では、「他人の身体、自由もしくは名誉を侵害した場合または他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、第709条の規定により損害賠償の責任を負うものは、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない」と定められています。
この「財産以外の損害」が「慰謝料」と言われているもので、権利(今回でいえば、「貞操権」がこれにあたります)の侵害により生じた精神的苦痛などの損害を賠償するために定められているものです。
2. 貞操権侵害により慰謝料が請求できる場合
相手が既婚者と知らずに交際をしていた場合であっても、すべての場合に慰謝料を請求できるわけではありません。
慰謝料を請求できるためには、次の要件を満たす必要があります。
①相手が独身であると嘘をついていたこと
相手が既婚者であれば持たなかったであろうといえる性的関係を、相手の嘘により持ってしまったといえることが必要なため、相手が未婚・独身を装っていたという事実が必要となります。
なお、相手が積極的に「独身である」というような発言をしておらず、既婚者であることを隠していたのみであっても、この要件を満たすと考えられます。
ただし、相手が結婚指輪をしていて、それを認識していた場合などは、相手がはっきり「既婚者である」と言っていなかったとしても、既婚者であることを認識していたと判断される可能性もあります。
②肉体関係があったこと
「1」で述べたとおり、貞操権侵害とは、自己の意思により性的関係を持つ相手を決めることのできる権利をいいますから、性的関係がない場合には、権利の侵害もなかったということになります。
そこで、貞操権が侵害されたというためには、相手と性的関係があったことが必要になります。
③結婚を前提とした交際であったこと
結婚を全く前提としていなかった場合には、相手が独身であるとか、既婚者であるといった事情にかかわらずに性的関係を持つことを決めたといい得るため、慰謝料請求のためには、結婚を前提とした交際である必要があります。
ただし、正式に婚約をしていることまでは必要はなく、口約束で「結婚しよう」と言っていた場合や、相手が将来結婚したい、などとほのめかしていた場合でも、貞操権侵害が認められる可能性があります。
3. 貞操権侵害の慰謝料の相場
貞操権侵害の慰謝料については、相手がどの程度悪質であったかなど個別の事情を考慮して金額が決められることとなります。
そのため、慰謝料の相場を一概にいうことはできませんが、経験上は、おおむね50万円から200万円程度の慰謝料が認められることが多いです。
例えば女性側が望まない妊娠をした場合や、相手が既婚者であることを理由に中絶を迫られた場合には、女性の受ける精神的苦痛がより大きいといえることから、慰謝料が高額となる傾向にあります。
また、交際期間が長い場合、それだけ結婚に対する期待も高まるといえますから、慰謝料を増額させる事情となります。
さらに、相手の行為の悪質性についても慰謝料の額を左右する事情となります。
例えば、相手が既婚者であることを隠すために周囲の人間にも嘘をつかせていたなど、巧妙に画策をしていた場合などが挙げられます。
4. 貞操権侵害を理由に慰謝料を請求する場合に注意すべきこと
貞操権侵害を理由に慰謝料を請求することを考えている場合には、既婚者と知ってすぐに交際を終了する必要があります。
既婚者と知ってからも相手と性的関係を持っていたのであれば、「既婚者と知っていれば性的関係を持つことがなかった」ということが言えなくなってしまい、慰謝料を請求することができなくなってしまいます。
また、既婚者と知っていたのに交際を続け、既婚者である人と性的関係を持った場合、相手の配偶者からみれば、不貞行為(既婚者であるのに他の異性と性的関係を持つこと)に該当するため、慰謝料を請求されてしまうリスクがあります。
相手が既婚者であると知らなかった場合には、「故意または過失により」他人の権利を侵害したとはいえず(つまり、過失がなかったといえます)慰謝料を支払う必要はありませんが、既婚者と知った後はそうはいえません。
本来被害者であったはずが、加害者の立場になってしまいかねませんので、相手が既婚者と分かった時点で、すぐに交際をやめるようにしましょう。
5. 貞操権侵害を理由に慰謝料を請求するために必要なこと
貞操権侵害を理由に慰謝料を請求する場合にまず必要なことは、証拠を確保することです。
相手が独身であると偽っていたことを認めない可能性がありますので、相手から独身と言われていたことを示す証拠が必要です。
例えば、相手とマッチングアプリで知り合い、そのマッチングアプリが未婚者しか登録できないものであった場合に、相手とそのマッチングアプリで知り合ったことを示す証拠(マッチングアプリでの会話履歴など)や、相手とのLINEなどの会話履歴において相手が独身であると発言していたことは、証拠として有用です。
また、もし相手が独身であると偽っていたことを認めているのであれば、その際の会話を録音した音声なども有力な証拠となります。
証拠がそろったら、まずはその証拠を元に相手と交渉していくことが考えられます。
もちろん、ご自身で直接交渉をすることも可能です。
ご自身で交渉する場合でも、直接やり取りをするとお互い感情的になり、余計にこじれてしまうことが多いため、書面で請求の内容等をシンプルに示すことをお勧めします。
また、弁護士に交渉を依頼することも可能です。
経験上、ご依頼者の方がご自身で交渉していた際にはまったく取り合わず、連絡すら返さないという態度をとっていた相手が、弁護士から連絡がきた途端に交渉に応じてきた、という場合が多くあります。
相手としても、弁護士を入れるほど本気なのであろうとか、放置していたら大事になるのではないか、と考えることが多いためです。
弁護士が交渉をする場合には、まずは相手に対して、内容証明郵便といって、いつどのような内容の文書が誰から誰に送られたかを証明することのできる日本郵便のサービスを利用して、こちらの請求の内容やその根拠を書面で送ります。
相手から全く応答がない場合や、応答はあるものの慰謝料の支払いに応じない場合には、訴訟(裁判)により相手に慰謝料の請求をしていくこととなります。
6. まとめ
真剣に交際していた相手が実は既婚者であったということが発覚した場合には、その驚きやショックの大きさは計り知れないでしょう。
そのようなご状況で、どうしたらよいのかわからない方も多いと思います。
当事務所では、ご依頼者様に寄り添った対応をすることを心がけていますので、ご希望をお伺いしながら、最善な解決策をご提案することができます。
また、既婚者ではないと偽るような相手は、誠実な対応をしないことも多く、ただでさえお辛い気持ちであるのに、不誠実な対応により、さらにお辛い思いをされてしまうこともあるかもしれません。
弁護士にお任せいただければ、相手との交渉から、必要な場合の裁判手続きまで、すべて弁護士による対応が可能ですので、もしお悩みの方がいらっしゃいましたら、お気軽にご相談ください。