近年、インターネットの普及により、5チャンネル・爆サイなどの掲示板や、Facebook・X(旧Twitter)・InstagramなどのSNSで誹謗中傷を受けているというご相談が増えています。
このような場合には、相手方に慰謝料を請求できる場合があります。
そこで、本記事では、名誉棄損や名誉感情侵害を理由とした慰謝料の相場や請求方法について解説します。
1. 慰謝料請求の根拠とは
民法では、故意または過失によって他人の権利または法律上保護された利益を侵害した場合には、損害賠償請求が可能となると定められています(民法第709条)。
この「故意又は過失によって他人の権利または法律上保護された利益を侵害する行為」を不法行為といいます。
そして、続く民法第710条では、損害賠償は財産的損害(例えば壊れた車の修理費用など)のみではなく、それ以外の損害に対しても賠償請求が可能となると定められています。
この財産的損害以外の損害の具体例が慰謝料です。
慰謝料とは、不法行為によって精神的苦痛を受けた場合に、その損害を慰謝するために支払われる金銭のことをいいます。
つまり、誹謗中傷が不法行為にあたる場合に、損害賠償として慰謝料を請求できるということになります。
誹謗中傷による慰謝料請求が問題となる場合、多くは名誉棄損(名誉権侵害)・名誉感情侵害が不法行為にあたることを理由とする場合が多いため、以下では名誉棄損と名誉感情侵害について、詳しく解説します。
2. 名誉棄損とは
名誉棄損とは、公然と事実を適示したり、意見や論評をすることにより人の名誉を棄損することをいいます。
「公然」とは、不特定多数の人が認識できる状態のことをいいます。
例えば、誰もが閲覧できるSNSに投稿をした場合には、公然性があるといえるでしょう。
また、名誉棄損といえるためには、事実を適示するか、意見や論評をすることにより人の名誉を棄損(=特定の人・団体の社会的評価を低下させること)したといえることが必要です。
次に、事実を適示するとは、具体的な事実を挙げることをいいます。
例えば「Aさんは不倫をしている」という投稿は、不倫をしているという事実を挙げていることになり、その事実を挙げることによって、周囲の人はAさんは不倫をするような人であると考え、Aさんに対する評価が下がることになり、名誉棄損が成立するのです。
また、こういった事実の摘示がない場合でも、「Bという飲食店は本当にまずい。あんなの食べる人も信じられないし、あんな料理を提供するなんて犯罪行為に近い」などといった意見を述べることは、Bという店の評価を落とすことになるので、名誉棄損が成立しうるでしょう。
なお、名誉棄損は、刑法上の犯罪にもあたる行為ですが、刑法上の名誉棄損が成立するためには、事実の摘示が必要であり(刑法第230条)、意見や論評のみを投稿した場合には成立しません。
2. 名誉感情侵害とは
名誉感情侵害とは、名誉棄損の場合とは異なり、社会的評価を低下させるものではなかったとしても成立する場合があります。
例えば、「馬鹿」「デブ」「ブサイク」などと言われた場合に、それのみで当然に他の人もその人が馬鹿であるとか、デブであると評価するわけではないので、他者からの評価が低下するとはいえず、名誉権侵害は成立しません。
しかし、そうであっても現に言われた本人は、自尊心を傷つけられたと感じるでしょう。
そこで、このような行為は、言われた人の主観的名誉(内部的名誉)を損なう行為であり名誉感情侵害であるとして、民法上の不法行為に該当しうるのです。
3. 名誉権侵害と名誉感情侵害の違い
このように、名誉権侵害も名誉感情侵害も「名誉」を侵害する行為ですが、大きな違いは、名誉棄損は他者からの評価という外部的名誉を、名誉感情侵害は自身の人格的価値に対する内部的名誉を侵害するという違いがあります。
また、名誉権侵害は法人に対しても成立しえますが、法人は主観を有しないので、法人に対する名誉感情侵害は成立しません。
さらに、名誉棄損の場合には、他者からの社会的評価の低下が問題となるので、「公然」と行われたことが必要となりますが(他者が投稿を見ることがないのであれば、他者からの評価は下がりようがありません)、名誉権侵害の場合、自身への評価が問題となるので公然性は要件とはなりません。
例えば、DMで侮辱された場合でも成立しうるのが名誉権侵害です。
ただし、名誉棄損の公然性は、他の人に情報が伝達される可能性がある場合にも肯定されうるので、友人など特定の人のみが投稿を閲覧できるという場合でも認められうる点には注意が必要です。
名誉棄損罪 | 民法上の名誉棄損 | 名誉感情侵害 | |
---|---|---|---|
侵害される利益 | 外部的名誉 (他者からの評価) | 外部的名誉 (他者からの評価) | 内部的名誉 (自身への評価) |
事実の摘示 | 必要 | 不要 | 不要 |
法人に対して成立するか | する | する | しない |
公然性 | 必要 | 必要 | 不要 |
4. 慰謝料の相場
前述のとおり、慰謝料の額は精神的苦痛を慰謝するために支払われるものなので、慰謝料の額も精神的苦痛の大きさによって変わってきますが、一般的な相場は以下のとおりです。
個人に対する名誉棄損の慰謝料の相場:10万円~50万円程度
法人に対する名誉棄損の慰謝料の相場:50万円~100万円程度
名誉感情侵害の慰謝料の相場:1万円~10万円程度
このように、名誉棄損の場合と比べて、名誉感情侵害の方慰謝料の相場は低額となります。
これは、名誉感情侵害の方が侵害された権利の大きさが小さい(一般的には、他者からの評価も下がる方が権利侵害の程度は大きいといえるでしょう)ため、慰謝料の額も低額になる傾向があるためです。
また、法人の名誉が棄損された場合、法人の売り上げに影響を及ぼすなど、事業へ影響が出ることが多いため、個人に対する名誉棄損の慰謝料の相場より高額となる傾向にあります。
その他、慰謝料額に影響を及ぼす要素としては、投稿の内容・期間・回数・頻度、SNSアカウントのフォロワー数、誹謗中傷された者の職業(有名人、会社役員、医師、公務員などの公共性の高い職業に就いている場合、社会的信用の低下が著しいとして高額になることがある)などが挙げられます。
また、例えば、裸の写真と共に「◯◯はビッチだ」と投稿するなど、性的な内容が含まれている場合は、重大なプライバシー侵害も含まれることから、慰謝料が高額になることがあります。
5. 慰謝料請求の方法
名誉棄損や名誉感情侵害を理由として慰謝料請求をする場合には、以下のような方法が考えられます。
①相手に対して内容証明郵便を送付する
内容証明郵便とは、誰が、いつ、どんな内容の文書を誰に対して送付したのかを、郵便局が証明してくれる制度です。
相手に対していつ慰謝料を請求したかということが明確にできますので、メールや口頭等で請求するより確実な方法といえるでしょう。
また、比較的手間やコストが抑えられるので、特に名誉感情侵害の場合など、慰謝料の額が低めとなってしまうことが予想される場合にお勧めの方法です。
②民事訴訟を提起する
内容証明郵便を送付しても、相手が全く交渉に応じないなど、相手と交渉が難しい場合には、民事訴訟(裁判)を提起し、損害賠償請求をすることを検討しましょう。
民事訴訟は、裁判所に、訴状といってあなたの主張や、なぜあなたが相手に対し損害賠償請求ができるのかといった請求の根拠(名誉権や名誉感情を侵害されたことが不法行為に該当すること)を記載した書面を提出して行います。
③被害届の提出や刑事告訴を検討する
相手の行為が刑法上の名誉棄損に該当する場合には、被害届を提出する・刑事告訴をすることも一つの手段です。
これにより警察が捜査を開始してくれれば、相手は取り調べを受けたり、場合によっては逮捕されることになります。
刑事罰を避けたい相手から、示談の申し入れがあり、慰謝料を獲得できることがあるでしょう。
なお、示談交渉は、通常は、相手が委任した弁護士より、示談をしたいという申し入れの連絡が来る形で始まります。
このような場合、警察から、加害者の弁護人に連絡先を教えてよいか?と確認が来ることが多いので、示談交渉をしてもよいとお考えの場合には、連絡先を教えてよい旨を回答するようにしましょう。
6. 慰謝料請求できないケース
名誉棄損や名誉感情侵害での慰謝料請求は、以下のような場合には認められないので、慰謝料請求を検討する方は注意が必要です。
①真実性の証明がある場合
事実を適示する方法により行われた名誉棄損については、以下の要件をすべて満たす場合、不法行為には当たらず損害賠償請求ができません。
- 公共の利害に関する事実に係るものであること
- その目的が専ら公益を図ることにあったと認められること
- 事実が真実であることの証明があったこと又は真実であると信じるにつき相当な理由があること
例えば、政治家の汚職に関する報道などは、政治家の社会的評価を下げるものではありますが、このような場合にまで名誉棄損が成立してしまうと、社会的意義のある報道が一切できなくなるということになりかねないためです。
また、名誉感情侵害の場合には、以下の要件を満たした場合に不法行為に該当しないとされています。
- 公共の利害に関する事実に係るものであること
- その目的が専ら公益を図る目的に出たこと
- 意見・論評の前提としている事実が重要な部分において真実であることの証明があること(又は真実であると信じるにつき相当な理由があること)
- 人身攻撃に及ぶなど意見論評としての域を逸脱したものでないこと
②同定可能性がない場合
同定可能性とは、誰のことについて述べているものなのかが、第三者から見てわかることを言います。
名誉棄損の場合、他者からの評価が問題となるので、他者から見て誰のことを言っているか分からない場合(例えば「Aさん」とのみ投稿されている場合など)には、他者からの評価が下がることもないので名誉棄損の問題とならないのです。
なお、名誉感情侵害の場合には、同定可能性がなくても、自分自身の人格的価値に対する評価は下がる可能性があるため、名誉感情侵害が成立しうることとなります。
ただし、名誉感情侵害が認められるためには、「社会通念上許される限度を超える侮辱行為」であることが必要であるところ、同定可能性の有無は、この判断に大きな影響を与える、すなわち、同定可能性がない場合、社会通念上許される限度を超える侮辱行為と認められる可能性が低くなるので、名誉感情侵害においても、同定可能性は重要な要素にはなります。
7. まとめ
名誉棄損や名誉感情侵害が成立しうるのか、成立するとしてどの程度慰謝料が認められるのかについては、それぞれの事情によっても大きく異なります。
当事務所にご相談をいただければ、詳細な見通しをお伝えできますので、まずはお気軽にお問い合わせフォームよりご連絡ください。