別居している配偶者から生活費(婚姻費用)を支払うよう求められた場合に、そもそも支払う必要があるのか、支払わなければならないとしていくら支払えば良いのか、とお悩みの方もいらっしゃると思います。
また、婚姻費用の基礎知識が分からないため、交渉に当たり、基本的な知識を習得しておきたいという方も多いと思います。
そこで、本稿では、婚姻費用を請求された時の対処法と婚姻費用に関する基礎知識を弁護士が解説いたします。
目次
1. 婚姻費用とは
婚姻費用とは、婚姻期間中に生じる夫婦と子の生活費全般のことをいいます。
「夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する」とされています(民法第760条)。
この規定に基づき、収入の多い方の配偶者が収入の少ない方の配偶者に婚姻費用を支払うことで、夫婦の生活レベルが同等になるようにします。
これを「婚姻費用の分担」といいます。
婚姻費用分担の趣旨は、夫婦がお互いに協力して扶養する義務があることに基づくものです(民法第752条)。
婚姻費用は、同居中も分担の請求をすることができますが、同居中は家計分担ができていることがほとんどのため婚姻費用が問題となるケースは少なく、一般的には別居中の夫婦間で問題になります。
2. 婚姻費用の算定方法
基本的な算定方法
婚姻費用の基本的な金額は、お互いの収入と子の人数によって変わります。
裁判実務においては、裁判所が公開している「養育費・婚姻費用算定表」に基づき算定される運用となっています。
収入については、源泉徴収票や確定申告書等の収入資料をもとに確定するのが一般的です。
主な収入源の他に、株式の配当収入や投資用不動産の家賃収入等の別の収入がある可能性があるので、収入額の確定は慎重に行う必要があります。
婚姻費用に加算される可能性のある費用
以下の子に関する費用は、婚姻費用の金額に加算されることがあります。
具体的には、夫婦が費用の負担に同意していた場合や婚姻費用として分担することが不合理でない場合に、折半又は収入按分に基づき(お互いの収入の割合に応じて)分担されることがあります。
- 習い事の費用
- 私立幼稚園・私立学校の学費
- 保育園の保育料
婚姻費用から控除される可能性のある費用
婚姻費用と別に配偶者や子の生活費を支払っている場合には、実質的に婚姻費用を支払っているのと同視できるものとして、婚姻費用の金額から控除されることがあります。
婚姻費用から控除される可能性のある費用の例は以下のとおりです。
- 水道光熱費
- 携帯電話料金
- 住宅ローンの一部(※住宅ローンは生活費ではなく財産形成の側面が強いので、全額を控除することはできないと考えられています)
- 家賃
- 自動車保険の保険料
- 掛け捨ての(積立式ではない)生命保険の保険料
婚姻費用の始期と終期
婚姻費用は、婚姻費用分担の請求を受けた時から支払う義務が生じます。
婚姻費用に関するご相談に際し、「別居した時から支払わなければならない」と勘違いされている方が多くおられます。
中には、別居時を始期として計算した未払(過去分)の婚姻費用を支払ってしまったという方もいらっしゃるので、注意が必要です。
また、別居している場合、婚姻費用を請求できるのは、離婚成立時又は同居再開時までとなります。
3. 婚姻費用を決定する流れ
協議
婚姻費用は、裁判所を通さずに当事者間の協議(話合い)で決めることができます。
協議では、前述した裁判所の算定表に従う必要はなく、当事者間で合意ができれば、合意した金額で婚姻費用を定めることができます。
婚姻費用の支払は、長期間に及ぶことがあるので、合意した内容を公正証書とすることもあります。
公正証書を作成する場合、公証役場に連絡し予約を取る→夫婦で公証役場に赴く→公証人立会いのもと公証人が作成した公正証書の文案を確認する→公正証書の作成という流れで進めることになります。
公正証書には、通常、強制執行認諾文言という支払を怠った場合には強制執行(給与や財産の差押え)が可能である旨の文言が付されるので、公正証書を作成するか否かは慎重に検討すべきです。
調停・審判
協議がまとまらなかった場合、「調停」に移行することが考えられます。
「調停」とは、裁判所を介して話合いをする手続で、裁判官(又は調停官)1名、調停委員2名(男女1名ずつ)で構成される調停委員会が話合いの仲介をしてくれるため、当事者間で行う協議よりも解決力が高い手続といえます。
調停でも話合いがまとまらなかった場合、調停は不成立となり、自動的に「審判」という手続に移行します。
「審判」とは、お互いの主張や提出資料を精査し、裁判官が婚姻費用の金額等を決定する手続です。
婚姻費用分担調停及び審判の詳細は、こちらのコラムをご参照ください。
抗告
審判に対しては、高等裁判所に「即時抗告」という不服申立てをすることができます。
即時抗告の期限は、当事者双方が審判書を受領した日の翌日から2週間以内となっているので、期限が短い点には注意が必要です。
4. 婚姻費用の支払を怠った場合のリスク
強制執行の可能性
強制執行認諾文言付き公正証書を作成した場合や、調停又は審判で婚姻費用の金額が定められている場合に、婚姻費用の支払を怠ってしまうと、強制執行(給与や財産の差押え)がなされるリスクがあります。
特に、給与については、自身の勤務する会社宛に債権差押命令が届くことになるので、勤務先に迷惑をかけてしまったり、職場で不利な扱いを受ける可能性があります。
強制執行認諾文言付き公正証書を作成した場合や調停又は審判で婚姻費用の金額が定められている場合は、決して支払を怠ることのないようにしましょう。
悪意の遺棄に該当する可能性
婚姻費用の未払が続くと、「悪意の遺棄」に該当すると判断される可能性があります。
「悪意の遺棄」とは、社会的倫理的に非難に値するような、正当な理由なく同居協力扶助義務を継続的に履行しないことをいいます。
悪意の遺棄は、民法上の離婚事由に当たり(民法第770条1項2号)、慰謝料請求の理由にもなり得るため、婚姻費用の支払を怠った場合、離婚事由に該当したり、慰謝料請求が認められるリスクがあります。
紛争が複雑化・長期化する可能性
公正証書を作成せずに当事者間の協議で合意した場合など強制執行の可能性がない場合であっても、婚姻費用の支払を怠ると、紛争が複雑化したり、長期化するリスクがあります。
例えば、当事者間で合意した金額の婚姻費用を支払わなかった場合、婚姻費用分担調停や審判を申し立てられて、裁判手続の対応を余儀なくされたり、解決まで時間を要する可能性があります。
また、未払の婚姻費用(婚姻費用を請求されてから支払を怠っている分)は、一括で支払う義務が生じます。
経済状況や資力によっては、一括での支払が難しく分割払いの交渉が必要になったり、交渉が決裂して裁判手続に移行した場合、最終的には強制執行のリスクを負うことになります。
したがって、婚姻費用について明確に合意が成立している場合には、合意した内容をきちんと履行するようにしましょう。
5. 婚姻費用の支払を拒否することができるケース
婚姻関係破綻(別居)の専らの原因が婚姻費用分担請求者側にある場合には、信義則違反(民法第1条2項)又は権利濫用(民法第1条3項)に該当するとして、婚姻費用分担請求が認められないことがあります。
具体例としては、婚姻費用を請求している配偶者が不貞(不倫)、身体的DVをした場合などが挙げられます(東京高決昭和58年12月16日、東京家審平成20年7月31日、東京高決平成31年1月31日等)。
婚姻費用に関する相談において、「勝手に子どもを連れて出て行った配偶者に婚姻費用を支払う必要はないですよね?」というご質問をいただくことがありますが、一方的な別居のみでは、「婚姻関係破綻(別居)の専らの原因が婚姻費用分担請求者側にある場合」に該当する可能性は低く、不貞や身体的DVの立証(客観的資料により証明すること)が必須です。
また、不貞や身体的DVがあった場合でも、その程度や内容によっては、婚姻費用分担請求を完全に否定せずに、前述した算定表で認められる金額から減額されるに留まることもあります。
なお、子がいる場合、仮に配偶者の不貞や身体的DVにより配偶者からの婚姻費用分担請求が否定されたとしても、子には非がないため、算定表に基づく子の養育費相当額は支払義務が生じる点には注意が必要です。
6. まとめ
婚姻費用を請求された場合、算定表により算定される金額のみで決定されるわけではなく、他の事情により算定表の金額から修正されるケースは多々あります。
婚姻費用は、離婚にも関連する重要な要素になりますので、離婚事件に詳しい弁護士に相談されると良いでしょう。
当事務所は、婚姻費用を含む離婚事件全般に精通しております。
婚姻費用の金額や算定方法、調停等の裁判手続に移行した際の見通しをお伝えできますので、婚姻費用を請求されていてお困りの方は、当事務所の問い合わせフォームよりお問い合わせください。