2025年6月頃より、学歴詐称の疑いをかけられている静岡県伊東市長の田久保眞紀氏ですが、田久保市長のどのような行為に対し、どのような法的責任が生じる可能性があるのでしょうか。
本稿では、田久保市長が負う可能性がある法的責任の具体的内容を弁護士が解説いたします。
1. 学歴詐称
公職選挙法は、「当選を得・・・る目的をもつて公職の候補者若しくは公職の候補者となろうとする者の・・・経歴・・・に関し虚偽の事項を公にした者は、二年以下の拘禁刑又は三十万円以下の罰金に処する。」と定めています(虚偽事項の公表罪、公職選挙法第235条1項)。
田久保市長は、自身の経歴を「東洋大学法学部 卒業」と公表していましたが、実際は「東洋大学法学部 除籍」であることが判明しました。
そのため、田久保市長が自身の経歴を「東洋大学法学部 卒業」と公表していたことは公職選挙法に違反する可能性があります
もっとも、田久保市長は、卒業したと認識しており、2025年6月に大学に確認するまで、除籍とは知らなかったと述べています。田久保市長の供述が真実であれば、虚偽の事実を公表する故意(意図)がないことから、公職選挙法違反に該当しないことになります。
また、田久保市長は、選挙公報や選挙運動用ビラには、「東洋大学 卒業」と記載していないとも述べています。これは、選挙の「当選を得る目的をもって」虚偽の事項を公にしたものではないため、公職選挙法に違反しないという趣旨であると思われます。
2025年7月28日に、学歴詐称に関する刑事告発が警察に受理されていますので、今後は上記故意と当選目的の有無を中心に捜査がなされることになるでしょう。
2. 卒業証書の偽造
刑法は、「行使の目的で、・・・他人の印章等を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書等を偽造し、又は偽造した他人の印章等を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書等を偽造する行為・・・をした者は、三月以上五年以下の拘禁刑に処する。」と定めています(有印私文書偽造罪、刑法第159条1項1号)。
私文書偽造罪における「偽造」とは、文書の名義人と作成者の人格の同一性を偽ることをいうと解されています。
例えば、大学の卒業証書の場合、一般的に、卒業証書の名義人は大学であり、作成者も大学になります。大学以外の第三者が作成権限なく卒業証書を作成した場合、名義人は大学であるにもかかわらず、作成者は大学でないので、作成者と名義人の人格の同一性を偽ったといえます。
田久保市長は卒業証書とされる書類を示していたと報道されており、また、田久保市長自身も卒業証書と題する書類の存在は認めています。
仮に、田久保氏の保有する卒業証書とされる書類が、大学以外の権限のない第三者が作成した者で、かつ、書類が東洋大学の作成した大学を卒業したことを証する書面の体裁を整えているような場合には、「偽造」と評価されるでしょう。
また、私文書偽造罪が成立するためには、私文書を「行使の目的で」偽造することが必要です。伊東市議会の議長及び副議長の証言どおり、仮に田久保市長が卒業証書を示したのであれば、田久保市長が東洋大学を卒業したと誤信させる目的で文書を行使したと評価でき、「行使の目的」の要件が認められる可能性が高いでしょう。
さらに、刑法は、「前二条の文書等(※偽造した文書等)を行使した者は、その文書等若しくは電磁的記録文書等を偽造し、若しくは変造し、又は虚偽の記載若しくは記録をした者と同一の刑に処する。」と定めています(偽造私文書行使罪、刑法第161条1項)。
卒業証書とされる書類が偽造私文書に該当し、田久保市長が同書類を示したことが事実であれば、私文書偽造罪に加え、偽造私文書行使罪も成立することになります。
3. 百条委員会への出頭拒否・記録の不提出
地方自治法は、「普通地方公共団体の議会は、当該普通地方公共団体の事務・・・に関する調査を行うことができる。この場合において、当該調査を行うため特に必要があると認めるときは、選挙人その他の関係人の出頭及び証言並びに記録の提出を請求することができる。」と定めています(地方自治法第100条1項)。
上記議会の調査権に基づき設置される委員会が「百条委員会」と呼ばれるものです。
百条委員会の調査に関しては、罰則が設けられています。具体的には、「正当の理由がないのに、議会に出頭せず若しくは記録を提出しないとき又は証言を拒んだときは、六箇月以下の拘禁刑又は十万円以下の罰金に処する。」というものです(地方自治法第100条3項)。
伊東市議会は、これまで述べてきた田久保市長の公職選挙法違反や私文書偽造等について調査を行うために、百条委員会を設置し、田久保市長に対し、百条委員会への出頭及び卒業証書とされる書類の提出を求めています。
しかし、田久保市長は、出頭拒否及び記録の不提出に正当な理由があるとして、百条委員会への出頭と卒業証書とされる書類の提出に応じていません。
伊東市長が正当な理由として挙げる具体的な内容は以下のとおりです。
【出頭拒否】
- 証言を求められているのは、いずれも回答が事実上不可能な内容を含むものであり、不適切な請求
- 大学時代の同級生を名乗る人物からの告発文の内容を確認できておらず、当事者が内容を知らない文書の存在を前提に質問が行われる場合、証言者の権利利益の軽視が甚だしく到底受け入れられない
【記録の不提出】
- 公職選挙法違反の疑いで刑事告発されており、訴追につながる可能性がある
- 自己に不利益な供述を強要されない権利(憲法第38条1項)が保障されており、提出を拒否する正当な理由がある
まず、出頭拒否については、正当な理由が認められない可能性が高いです。
出張拒否の「正当な理由」は、病気等で出頭が困難な場合など、限定的に解釈されています。
また、出頭した上で、実際に回答が事実上不可能な内容を含む証言を求められたり、内容を知らない文書の存在を前提に質問が行われた場合には、証言の際に異議の申入れや反論を行えば足りるので、上記理由では正当な理由としては不十分ということになります(その場合は後述する証言拒絶の正当な理由に該当する可能性があります)。
次に、記録の不提出については、「正当な理由」が認められるという評価もあり得ると思われます。
自己に不利益な供述を強要されない権利(黙秘権)は、憲法上保障された権利です。
これまで述べてきたとおり、田久保市長には、公職選挙法違反と有印私文書偽造罪等の成立が認められる可能性があり、刑事訴追される可能性があります。
田久保市長に卒業証書とされる書類を提出させることは、公職選挙法違反と有印私文書偽造罪等による刑事訴追に繋がるおそれがあるといえ、田久保市長に不利な供述を要求することに該当するため、提出を拒否する正当な理由があるという法的根拠が成り立ち得ることになります。
一方、伊東市議会は、正当な理由は認められないと反論しています。
議会は、選挙人その他関係人が罪を犯したものと認めるときは、刑事告発をしなければならないとされているところ(地方自治法第100条9項)、今後も田久保市長が出頭と記録の提出を拒否し続ける場合、伊東市議会は刑事告発を行うと考えられ、正当な理由の有無は刑事手続の中で結論が出されることになりそうです。
4. 証言拒絶
前述のとおり、百条委員会での証言を拒絶した場合も刑事罰が定められています。
仮に田久保氏が百条委員会の要請に応じて出頭した場合、前述した自己に不利益な供述を強要されない権利(黙秘権)に基づき、自己に不利益となり得る証言は拒絶する可能性が高いと考えられます。
拒絶した証言の内容にもよりますが、伊東市議会は田久保氏が証言を拒絶した場合に、正当な理由は認められないとして、証言拒絶に対しても刑事告発を行う可能性があります。
5. まとめ
ここまで田久保市長が負う可能性のある法的責任について解説してきました。
本稿で解説したのは、法的責任(刑事責任)についてであり、市民に対する説明責任を果たすべきであるなどの政治責任とは分けて考える必要があります。
田久保市長の対応に対しては、様々な意見があり、最終的には伊東市民の皆様の判断になります。田久保市長の対応に関する議論や判断に際し、本稿の内容が参考になれば幸いです。