「強制わいせつ罪で被害届を出すと言われています。どう対応したら良いですか?」という相談が多く寄せられています。
酔っ払ってバーの店員に強引にキスをしてしまった、自分に好意があると思っていた同僚の女性に抱きついた、キャバクラでキャストの胸を触ってしまった、接骨院で施術を行っていたら陰部を触られたと言われた、交際相手に別れを切り出したら無理やり身体を触られたことがあったと言い出したなど、「強制わいせつ」と指摘されている状況は様々です。
これまでは、刑法上「強制わいせつ罪」と規定されていたので、「強制わいせつ」というワードを使う方が多いですが、2023年7月13日の刑法改正で、強制わいせつ罪と準強制わいせつ罪が統合され、「不同意わいせつ罪」(刑法第176条)が新設されましたので、本稿では、不同意わいせつ罪の構成要件(成立する要件)と被害届を出された時のリスク、対処法について、解説します。
目次
不同意わいせつ罪とは
要件
下記の行為又は事由(これらに類する行為又は事由を含む)により、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ又はその状態にあることに乗じて、わいせつな行為をすることが要件の1つです(刑法第176条1項)。
つまり、下記1〜8の行為等により、相手が拒否したいと思っているにもかかわらず、拒否することが困難な状況を作り出して、わいせつな行為を行ったような場合に、不同意わいせつ罪が成立します。
- 暴行若しくは脅迫を用いること又はそれらを受けたこと
- 心身の障害を生じさせること又はそれがあること
- アルコール若しくは薬物を摂取させること又はそれらの影響があること
- 睡眠その他の意識が明瞭でない状態にさせること又はその状態にあること
- 同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがないこと
- 予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、若しくは驚愕させること又はその事態に直面して恐怖し、若しくは驚愕していること
- 虐待に起因する心理的反応を生じさせること又はそれがあること
- 経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること又はそれを憂慮していること
また、「行為がわいせつなものではないとの誤信をさせ、若しくは行為をする者について人違いをさせ、又はそれらの誤信若しくは人違いをしていることに乗じて、わいせつな行為をした」場合も対象になります(刑法第176条2項)。
例えば、陰部を触ることが性的な行為ではないと騙して陰部を触ったり、目隠しをして別人と思わせてわいせつ行為をしたような場合にも不同意わいせつ罪が成立します。
さらに、相手が16歳未満の場合は(ただし、13歳以上の場合は行為者が5歳以上年長である場合に限る)、上記要件にかかわらず、わいせつ行為をするのみで不同意わいせつ罪が成立します(刑法第176条3項)。
法定刑(罰則)
不同意わいせつ罪の法定刑は6か月以上10年以下の拘禁刑と定められており、罰金刑は規定されていません。
そのため、仮に有罪となった場合には執行猶予が付かない限り刑務所に収容されるという点で厳しい罰則が定められているといえます。
なお、「拘禁刑」とは、これまでの懲役刑と禁錮刑を一本化したもので、2022年6月17日公布の刑法改正により規定されたものです(公布から3年以内に施行される予定です)。
公訴時効
不同意わいせつ罪の公訴時効(犯罪行為から一定期間が経過すると犯人を処罰することができなくなるもの)は、12年です(刑事訴訟法第250条3項3号)。
旧強制わいせつ罪の公訴時効が7年でしたので、刑法改正により事実上公訴時効が5年延長される形になりました。
被害届を提出された場合の流れ
①捜査が開始される可能性
被害届が提出されると、警察が捜査を開始する可能性があります。また、刑事告訴がなされた場合には、必ず捜査が開始されることになります。
捜査の具体的内容は、当事者や第三者からの事情聴取(取調べ)、防犯カメラ映像の解析、DNA鑑定、捜索差押え(家宅捜索)等です。
警察から電話があった場合には、捜査が開始されている可能性があります(固定電話の下3桁の番号が「110」の場合は警察からの着信です)。
警察からの連絡を無視してしまうと、逃亡や罪証(証拠)隠滅のおそれがあるとして、逮捕されてしまうおそれもあるので、必ず対応するようにしましょう。
②逮捕
被害届の提出や刑事告訴がなされた後、警察が捜査をして「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」があり、かつ、逮捕の必要性(逃亡や罪証隠滅のおそれ等)があると判断した場合、逮捕される可能性もあります。
逮捕されてしまった場合には、家族や職場に事件が発覚してしまう可能性が高いことには注意が必要です。
③検察官送致
捜査が進み、警察が検察官に送致することが相当であると判断すると、記録が警察から検察官に送られます(書類送検)。
書類送検後、当事者や有力な証人がいれば、検事が当事者と証人に対する事情聴取(取調べ)をし、起訴するか否か(刑事裁判にかけるか否か)を判断します。
④起訴
検察官が起訴すると、刑事裁判が行われます。
刑事裁判の有罪率は約99.9%ですので、この段階まで至ってしまうと、刑事罰を課されることがほぼ確実となってしまいます。
被害届を提出された場合のリスク
これまで述べてきたとおり、被害届を提出されたり、刑事告訴をされてしまうと、刑事罰を課される可能性があります。
不同意わいせつ罪の法定刑は6か月以上10年以下の拘禁刑と重く、前科もついてしまいます。
また、起訴されることで、報道されてしまう、家族や職場に発覚してしまうというリスクがあり、場合によっては、離婚や解雇に発展しかねません。
さらに、前述のとおり、逮捕の要件を満たす場合には、逮捕されてしまう可能性もあります。
このように、不同意わいせつ罪で被害届を出されることは非常に大きなリスクといえます。
また、不同意わいせつ罪に該当する行為は、民法上の不法行為(民法第709条)にも該当するため、慰謝料請求をされたり、民事訴訟を提起されるおそれもあります。
対処法
上記リスクを回避するためには、早期に相手と示談をすることがベストな方法です。
示談が成立すると、起訴される可能性を大幅に減少させることができます。
示談の成立時には、通常、「宥恕文言」といって、「刑事処罰を求めない」という内容を含めます。
この文言がある場合、検察官は示談の成立と被害者が処罰を望んでいないことを重視し、不起訴の判断を下すことがほとんどです。
また、既に被害届が提出されている場合には、示談の成立に際し被害届の取下げに同意してもらえることもあります。
これまで述べてきたとおり、被害届が提出されると、捜査の開始→検察官送致→起訴→刑事裁判→刑事処罰と、刑事事件が進んでいってしまう可能性がありますが、起訴された後は、示談が成立したとしても、検察官が起訴を取り下げたり、裁判所が示談の成立を理由に公訴棄却(刑事裁判の打切り)や無罪判決を下すということはありません。
したがって、刑事事件によるリスクを回避するためには、早期に示談を成立させることが重要となります。
示談交渉を弁護士に依頼するメリット
①示談成立の可能性が高まる
不同意わいせつ罪という事件の性質上、被害者は、加害者と直接連絡を取ることを拒否することが多いです。
また、相手の連絡先が分からない場合には、そもそも相手と連絡を取る手段すらないことになります。
被害届が出されている場合、警察は相手の連絡先を把握していますが、警察が被疑者本人(捜査機関に犯罪の嫌疑をかけられている者)に相手の連絡先を教えてくれることはまずありません。
弁護士を間に入れることにより、相手と連絡を取れて示談交渉を進めることができる可能性が高まります。
中には、弁護士にすら連絡先を教えたくない、示談交渉をするつもりはないという方もいらっしゃいますが、私の経験上、相手とまったく連絡を取ることができなかったことはほとんどなく、多くのケースで示談が成立しています。
刑事事件や民事事件で最後まで争ったとしても、お互いにメリットは小さく、早期に示談をした方が相手にとってもメリットが大きいので、弁護士がそのことを丁寧に説明することで相手に納得してもらえることが示談成立に繋がっていると考えられます。
②逮捕の可能性が低くなる
前述のとおり、被害届が提出された場合、逮捕される可能性は否定できませんが、早期に弁護士を就けて示談交渉を開始することで、警察が逃亡のおそれや罪証隠滅のおそれがないと判断して、逮捕状を請求しない可能性が高まります。
③書類の作成・提出を一任できる
示談が成立した場合、示談書を作成します。
示談書には、前述した宥恕文言(刑事処罰を求めないという内容の条項)や清算条項(示談金の支払により今回の事件の金銭面に関する清算は完了したことを確認する条項)を入れることで、後のトラブルを防止することに繋がります。
後の紛争を防止するためにも、弁護士にきちんとした示談書を作成してもらうことは重要です。
また、示談書の締結後は、警察又は検察官に示談書の写しを提出することで刑事事件が終件に向かっていくことになりますが、弁護士に依頼した場合、このような警察や検察官とのやりとりも一任することができます。
さらに、既に検察官に送致されている場合、示談が成立していても、必ず不起訴になるとは限りませんので、不起訴意見書を提出すべきです。
不起訴意見書とは、今回の事件は不起訴とするのが相当であるという意見をその理由と共にまとめたもので、起訴と不起訴の判断に影響する非常に重要な書面です。
弁護士に依頼した場合には、不起訴意見書の作成も一任することができます。
まとめ
このように、不同意わいせつ罪で被害届を提出されることは非常に大きなリスクです。
相手から「被害届を出す」と言われている場合、緊急の対応が必要となる可能性があるので、お早めに弁護士に相談されることをお勧めします。