相続人間で被相続人(亡くなった方)の遺産をどのように分割するかを協議することを「遺産分割協議」といいます。
遺産分割協議で合意した内容は、原則として有効ですが、遺産分割協議が無効・不存在と判断される場合もあります。
本稿では、遺産分割協議が無効・不存在となるケースと、遺産分割協議無効・不存在を主張するための手続を解説します。
1. 遺産分割協議が無効となるケース
相続人を欠いて協議を行った場合
遺産分割協議は、相続人全員で行う必要があります。
相続人が1人でも欠けている場合、遺産分割協議は無効となります。
遺産分割協議を行うに当たっては、誰が相続人であるかを事前に確認するようにしましょう(相続人の範囲と順位は、こちらのコラムで解説していますので、ご参照ください)。
協議への参加を拒否したり、音信不通の相続人がいる場合には、遺産分割協議はできないことになるので、家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てる必要があります(遺産分割調停の詳細はこちらのコラムをご参照ください)。
行方不明の相続人がいる場合には、家庭裁判所に不在者財産管理人の選任を申し立て、不在者財産管理人が代わりに参加することで、遺産分割協議を行うことができます。
意思能力を欠く相続人が含まれている場合
民法では、「法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする」と定められています(民法第3条の2)。
「意思能力」とは、行為の結果を判断するに足るだけの精神能力のことをいいます。
重い認知症に罹患し行為の結果を判断することができない相続人がいるなど、遺産分割協議に参加した相続人の中に意思能力を有しない者が含まれている場合、遺産分割協議は無効となります。
なお、認知症に罹患している=意思能力がないということではなく、認知症であっても、遺産分割協議を行った時に行為の結果を判断するに足るだけの精神能力があると認められるときは、遺産分割協議は無効になりません。
意思能力のない相続人がいる場合には、家庭裁判所に成年後見人の選任を申し立て、成年後見人が代わりに参加することで、遺産分割協議を行うことができます。
公序良俗に反する場合
公序良俗に反する内容の遺産分割協議は無効となります(民法第90条)。
「公序良俗に反する」とは、公の秩序や善良の風俗に反することをいいます。
例えば、被相続人の所持していた麻薬を分割するという内容の遺産分割協議は、公序良俗に反し、無効になります。
錯誤
「錯誤」とは、分かりやすく言うと、重大な勘違いをして意思表示をしてしまったことをいいます。
錯誤がある場合、意思表示を取り消すことができるので(民法第95条1項)、重大な勘違いにより遺産分割に同意してしまった場合は、遺産分割協議を取り消し、無効とすることができる可能性があります。
例えば、1000万円の価値のある株式を相続できるので、他の財産は別の相続人に譲っても良いと考え、他の財産を別の相続人に相続させる内容の遺産分割に同意したが、実際の株式の価格は100万円であったという場合には、錯誤により取り消すことができる可能性があります。
もっとも、錯誤による取消しが認められるためには、「重大な過失がないこと」が必要ですので(民法第95条3項)、実務上、錯誤による取消しが認められるケースは稀です。
詐欺
詐欺により遺産分割に合意した場合には、遺産分割協議を取り消し、無効とすることができる可能性があります(民法第96条1項)。
詐欺による取消しが認められるためには、ⅰ相手方を騙す行為(欺罔行為)があったこと、ⅱ相手方が錯誤に陥って(騙されて)意思表示をしたという要件を満たすことが必要となります。
例えば、他の相続人から、「預貯金は数十万しかないから自分が相続する。その代わり、1000万円の不動産は全部相続してもらって構わない」と言われたので、預貯金は他の相続人に相続させるという内容の遺産分割に同意したが、実際は、預貯金が3000万円ほどあったというような場合には、詐欺による取消しが認められる可能性があります。
なお、詐欺があったことの立証責任を負う(証明する責任を負う)のは、詐欺の取消しを主張する側になるので、詐欺の取消しを求めるためには、詐欺があったことを示す証拠が必要となります。
強迫
「遺産分割協議書に署名しないなら痛い目に遭わせるぞ」などと脅迫されて遺産分割に同意した場合、「強迫」として、遺産分割協議を取り消し、無効とすることができる可能性があります(民法第96条1項)。
詐欺と同様に、強迫があったことの立証責任を負うのは、強迫の取消しを主張する側になるので、強迫の取消しを求めるためには、強迫があったことを示す証拠が必要となります。
なお、「弁護士から連絡する」、「裁判を起こす」と言われたので、強迫に該当しないか、といったご相談を受けることは多いですが、弁護士に依頼することも裁判手続に移行することも正当な権利ですので、基本的には強迫に該当しません。
2. 遺産分割協議の不存在が認められるケース
「知らないうちに被相続人の不動産の名義が他の相続人に移っていた」、「被相続人の預金口座が勝手に解約されていた」というご相談は多いです。
このようなケースでは、被相続人の遺言書により不動産の所有権移転登記手続や銀行口座の解約が行われていることが多いですが、中には、遺言書がなく、遺産分割協議も行われていないというケースもあります。
遺言書も遺産分割協議もない場合、遺産分割協議書を偽造されている可能性があります。
偽造が疑われる場合には、法務局や銀行等に対し、他の相続人から提出された書類の閲覧や謄写を申請しましょう。
閲覧・謄写した書類の中に身に覚えのない署名・押印のある書類が含まれていた場合には、遺産分割協議の不存在が認められ、遺産分割をやり直すことができる可能性があります。
3. 遺産分割協議無効・不存在の確認を求める手続
前述した遺産分割協議の無効・不存在が認められる事由がある場合、以下の方法・手続が考えられます。
協議
まず、他の相続人に対し、裁判外で遺産分割協議の無効・不存在事由を明示した上で、遺産分割のやり直しを求めることが考えられます。
もっとも、遺産分割協議の無効・不存在事由を作出した相続人が任意で遺産分割のやり直しに応じる可能性は低いので、弁護士に依頼して交渉を代理してもらう、後述する調停を申し立てるなどの対応を検討した方が良いでしょう。
調停
家庭裁判所に対し、遺産分割調停を申し立て、遺産分割調停の中で、遺産分割協議の無効・不存在事由を主張した上で、遺産分割のやり直しを求める方法があります。
もっとも、相手方が遺産分割協議の無効・不存在を認めていない場合、実務上は、遺産分割調停の中で遺産分割協議の無効・不存在を争うのではなく、遺産分割協議無効確認調停・遺産分割協議不存在確認調停を申し立てた上で、遺産分割協議無効・不存在確認の訴訟を提起すべきであると裁判所から促されることが多いです。
したがって、仮に相手方が協議段階で遺産分割協議の無効・不存在を認めていない場合には、遺産分割調停ではなく、遺産分割協議無効・不存在確認調停を申し立てることを検討しましょう。
なお、調停は、裁判所を通じた話合いの場ですので、裁判所が何らかの決定を下すということはありません。
裁判所が合意成立の見込みがないと判断した場合には、調停は不成立となり、終了します。
審判・訴訟
遺産分割調停において、相手方と合意ができず、調停が不成立となった場合には、自動的に審判という手続に移行します。
審判は、裁判所が双方の主張や資料を精査し、裁判所が決定を下す(結論を出す)手続です。
また、遺産分割協議無効確認調停・遺産分割協議不存在確認調停が不成立となった場合には、自動的に審判手続に移行することはなく、別途、遺産分割協議無効確認・遺産分割協議不存在確認請求訴訟を提起する必要があります。
4. まとめ
遺産分割協議無効・不存在事由が存するか否かの判断は、法的知識や経験が必要となります。
また、相手方との交渉や裁判手続においても、法律や裁判手続の知識が必要となるので、ご自身で対応することが難しい案件も多いです。
遺産分割協議無効・不存在を主張したいと考えていらっしゃる方は、まずは弁護士に相談して、無効・不存在事由があるか否かの見解を聞いた上で、交渉や手続を弁護士に依頼することを検討されると良いでしょう。